東京で酪農やらせてもらってます。―――小泉牧場



酪農家さんへの取材、vol.1。牧場は学びの場。東京でも農業ができるってことをわかってもらいたい。牛たちにあたたかい眼差しを向ける、小泉牧場の小泉さんにお話をうかがってきました。

牛舎が怖かった少年から、牛好きのおじさんへ

――食農教育に熱心に取り組まれているそうですが、きっかけなどがあれば教えていただきたいです。



小泉さん:
今まで親子(小泉さんとお父さん)でやってきて、食農教育にかなり取り組んでいるのは僕が中心になってからです。最初はサンプルもなかったのでイベントの受け入れをどんどんやっていたけど、だんだん自分が何をやっているんだろう、と疑問を感じるようになってしまいました。それでもやっているうちにこれは良い・これは良くないというのがわかるようになってきて、行き着くところまでいってみようと思いました。省けるものは省くという姿勢ですね。色んなことをしてきた中で、これだと思ったものが食農教育だったんです。

――色々という部分を具体的にお聞きしたいと思います。

小泉さん:イベントとかもそうなんですが、農業大学校に行っていました。野菜もやったし養蜂も養鶏も、木こりをやってる時もありました。海外も行ったし。

――海外はどこに行かれたんですか?

小泉さん:20歳の時、国際農業者交流協会でスイスに行きました。僕が通ってた農業大学校はそれでもけっこう厳しいところだったけど、あっちでは何も通用しないんです。 研修者って留学と違ってもう働き手ですから、労働者として見られるんです。2日目でもう辛かった。そんな風に色々な経験の中で自分のしたいことや考え方も 変わっていきました。昔はもっとツンとしてたので、丸くなったと言われたりもします。それはもう、経験から色々なものを得ていますね。人に恵まれたし、その時の人脈は今もつながっています。







――農業大学校に入学する前からこの牧場を継ごうと思っていたんでしょうか?それとも学校に行って意思が固まったんですか?



小泉さん: ここ(練馬)ってもともと商業地域なので、昔は商店街が盛んだったんです。その子息の集まりだったから、「絶対家は継がない」ってみんなで話し合っていました。高校2年生の時にたまたまアルバイトがてらに家の手伝いで、牛に飼料を食べさせていました。その時父親と話していたんだけど、僕がサラリーマンになったら固定資産税は払えないだろうと。高校2年生が固定資産税の話をしていたんです。僕も遊びたい盛りだったんで、廃業っていうのが頭になかったんです よ。周りが商店街だから。それでもし父親と母親が働けなくなったらここの牧場誰がやるんだろう。って思ったときに僕しかいないだろうと。それが継ぐきっか けです。すごい単純でしょ。高校2年生の夏過ぎです。進路的には超遅いんですけどね。



――それは酪農家として進むことを決めるのが遅いということですか?



小泉さん:そうです。その時まで僕は牛も扱っていなかったし、牛舎に入るのが怖かった。動物嫌い、虫嫌い。それが今や動物好きの牛好きのおじさんになっちゃうんだから不思議ですよね。普通の酪農さんにあるような小さい頃から牛の世話をしてっていうのがなかったですから。
長野県の八ヶ岳中央農業実践大学校に行っていた時はもう何にもわかんなくて、先生にこっぴどく怒られた。その分精神力はある程度強くなったと思います。みん なが遊びたい盛りで、バブル経済の最後の方だったんで、東京の仲間とかは専門学校行って池袋とか渋谷とかで遊んでいました。なんでこっちは牛だの野菜の世 話しなきゃなんねえんだって思いながらやってましたけどね。それが今となっては良かったと思います。プロになりたいがための学校ですからね。スイスに行って、それこそ農業部門でいろんなことを学ばせていただいたから農業の大変さは分かっていた。だから日本でもくじけなかったと思うし、やめなかった。それが 自分にとってはプラスでした。農業技術じゃなくて、牛飼いに対してそれなりの意義を持ってやってきたつもりです。





母牛が子どもに与えるミルクは、ファーストプレゼント

――牛乳についてお聞きします。市販されている牛乳によっては味や脂肪率も違いますが、それはもともと搾った時点で違うものですか?それとも生産ラインのどこかの部分で変えるんでしょうか?


小泉さん:
味の調整、脂肪率などはすべて工場で行っています。ただもともとの搾りたての牛乳の味は酪農家さん、与える飼料によっても変わります。野菜も与える肥料や農法、土質で色々ありますよね。糖度が高い、低いというものも。それによっては味も違います。



――小泉牧場の牛乳はどんな特徴があるんですか?




小泉さん:
うちの牛乳は少し甘めですね。成分的には標準なんですが糖度が高いから。

――それも与える飼料の影響ですか?裏手には牧草地もありましたね?


小泉さん:
そうです。牧草地といってもあれだけじゃ足りないので、こういう所でやっている酪農家はだいたい購入飼料に頼っています。

――飼料には何が入っているんですか?




小泉さん:
とうもろこしを主体とした、穀類や、牛の主食の牧草はイネ科の植物なので、その乾燥草です。乳質をみて飼料会社さんと相談もします。うちは月に1回牛群検定を受けていて、朝夜併せて、1日の乳量を専用のメーターにかけて搾乳機にかけると正確な数値を知ります。あとは、何番(牛につけられる番号)が何日に人工授精して、分娩したかなどの項目をすべて埋めてデータを青梅の畜産試験場に送るんです。そこで専門の機械で乳脂肪などを正確に測って取ったデータは、その後前橋の家畜改良事業団に送られます。そうやって正式な表が送られてきます。その結果を見て、飼料会社のプログラマーと飼料の調整の相談や月に1度繁殖 検診をしてもらっている共済組合の獣医さんに診てもらって健康管理をしています。


牛は血統登録もしています。血統っていわゆる名前ですね。まず母牛が子どもにすることはミルクを与えることで、それがファーストプレゼントになるんですが、我々人間に何ができるのかといったらそれは名前をあげることなんです。6年から7、8年しか生きられないし、人間と同じように足や腰が悪くなったりするけど、名前もなく最後はお肉になっちゃうのは寂しいじゃないですか。10桁の番号というかたちだけど、せめて名前だけは後世に残してあげたいんです。僕はそれが、我々酪農家の使命じゃないかなと意義を持って登録しています。






酪農教育ファームと総合学習




――食農教育を含め、様々な活動に熱心に取り組まれているとお聞きしています。




小泉さん:
今まで練馬区は野菜農家さん、最近はブルーベリーを中心に都市農業係が見てくれたんですけど、6年前からうちのことも見てくれるようになって、こういう場所(練馬)で酪農をやらしてもらってるんで、年に1回、親子体験をイベントとしてやらせてもらっています。前まではそういうイベント事ももっといろいろやっていたんですが、うちはやっぱり酪農教育ファームの認定になっているから、基本的にはここのコンセプトは「牧場は学校だ」ということで総合学習がメインです。総合学習をやるんであれば協力はしてますが地元に絞っています。

――酪農教育ファームに認定される前から、総合学習などの活動はされていたんですか?


小泉さん:
やってはいました。でもみんな「お客さん」だから、来てもらった時に怪我させちゃったらどうしようとか、ここけっこう通りが激しいから(すぐ横に道路がある)交通事故になっちゃたらどうしようとか、ネガティブなことばっかり考えちゃったんです。酪農教育ファームの認定牧場はうちが入った時(平成15年)には開発途上中でした。進める中で、良い所悪い所をまとめていった報告書からできたマニュアルを元にだんだん動きやすくなりました。酪農教育ファームは酪農 家だけの集まりじゃなくて、農林水産省、文科省、学校の先生方で構成されています。任期は終わっちゃったけど僕も専門委員をやらせてもらいました。







――総合学習はどのように行われていますか?

小泉さん:
酪農の話だけだと子どもたちは飽きちゃうんです。でも聞いてもらえないとこちらも印象が良くないし、叱るのはかわいそう。だから聞いてもらうために、こういうもの(子どもむけにわかりやすく描かれたパネル)を見てもらいます。そのほうが理解してもらえるから。話きかなくてもいいから、これだけ見ておいてくれって。子どもたちとの信頼関係が大事ですね。





――説明を聞いてくれる小学生や生徒さんたちには、何か学んでくれている印象はありますか?




小泉さん:
そう信じたいです。子どもたちはスーパーで売られている牛乳パックのイメージを持っていますし、今は食の飽和状態だから、いらなくなったら簡単に捨てられます。だからこそ、牛乳は生きているってことは伝えたい。牛乳は命を削って出しているものだし、本来は自分の子どもに与えるためのものです。搾れる牛乳は 1日だいたい20〜40、50リットルくらいで、子牛が飲む量はだいたい6〜8リットルくらいです。その残りの牛乳を分けてもらってるんだということを必ず説明しています。



――パネルなどもご自分で作ったりされるんですか?


小泉さん:
いえ、学校の先生たちはアイテムを作るのがうまいから、それを進化させたものを農工大の先生や様々な人の手で作っています。僕は子どもたちに牛乳が届くまでとか牛の生態のことまで、酪農の全てを教えることはしなくて良いと思っています。ここに来て少しでも「勉強になった」「よかった」と思ってもらえて、それを通して食育に興味をもっていただければ、「牧場の親父」としてはしめたものかなと思っていて、それを信じてやっています。
あと、こういう場所 (練馬)でやっているから、地域性は大事ですね。「俺は昔からやってるんだ」じゃなくて、「ここでやらせてもらっています、地域の皆さん、宜しくお願いします」という姿勢でいるから、やるときは真剣にやりたいんです。だからイベントっぽくはなくて、教育としてやってきています。





つながりをつくる。地域密着型のやり方






――この牧場はどうやってはじまったんですか?


小泉さん:
昭和10年から、祖父が始めています。もともと岩手にいたのを、巣鴨に移って、そうしてここに来ました。野菜農家さんとかってだいだい続いてたりするから、うちは今でもこの辺りでは新参者なんじゃないかなと思います。この辺りでも小泉っていう名字はうちくらいなんですよ。

――後から、ここに住み始めた人はちゃんと牧場のこともわかって住んでいる?




小泉さん:
そうですね。昔は苦情もあったようですが、今は本当にないです。


――それは交流を持っているからですか?


小泉さん:
そうです。農家とか酪農家は敷居が高くて入りづらいって、よく言われてるんですよ、実は。だからこそ、そのイメージを取り払おうと、うちでもし何かしたい という人がいたら、やっていいよと受け入れをしてきました。ただそれをやりすぎちゃった時期があって、その時はブレてしまった。イベントなのか、遊びなのか、食農教育なのか、それがわからなくなっちゃったんです。やっぱりこの牧場で何をしたいかと聞かれたら、僕は食農教育を選びたい。総合学習とかもですね。確かにイベントでお金を取るのも良しなんですが、そうしてしまうと、お金を取るからにはアミューズメント的に次々にアイデアを出さなくてはいけなく なってきます。僕らの日々の仕事に加えてそういったことをするのは難しいんです。僕は“この牧場は何か”と言われたら“学び場”だと思っているから、“仕事=勉強”なんです。それはもう、これからもぶれないようにしていきたいですね。
それにそれ(お金を取って話をするようなこと)をずっとやってたら息づまるんじゃないかな。だからこそ地域性、地域密着をこれからもやっていきたいですね。そのために必要なのは総合学習だと思います。子供たちに命の大切さを教えたいし、今度はその子たちが大人になったら食に対しても意識するようになって、それが今度は君たちの助けになるかもしれない。



――食育だけじゃなく、人として大事なことも伝えていきたい。


小泉さん:
そうですね、それは命に直結することだと思うんです。こういう体験をした農業ってそういう多面的な機能があると思うんです。この牧場を通して、人と話すことを通して、またつながりができていくのが良いと思うんですよね。
酪農教育ファームに登録して、並行して総合学習の受け入れもしていますが、東京都からの依頼で精神障害者社会的訓練事業の事業所もやっています。主に統合失調症の人たちの受け入れをしています。個人契約ではなくて都との契約になります。彼らが3年参加できる事業ですが、今うちで働いているスタッフはその期間が終わった後にうちで働かないかと声をかけた人たちです。やっぱり人手が必要な仕事ですし、今こうして話す時間を取れているのもあの人たちがいるからですね。牧場の仕事は本当にやることが多いので、基本練馬から出たくないんです。今は4人で回して働いています。僕は常勤のような立場で。6時から餌をやって、掃除をして、乳搾りを昼前に終えて、朝ご飯を食べたらまた仕事。



―― 1日の中でどの時間帯が一番忙しいんですか?


小泉さん:
1日の中では朝が1番忙しいですが、何が大変で何が大変じゃないかはわからないです。でもこの仕事をやってるからには付き合わなくちゃいけない。現実逃避ではないけど、楽しいことを探したいですよね。だからこういうこと(今回の取材の引き受け)をやって人との出会いを大切にしたいと思ってるんです。ここまで自分がやっているから、ネガティブにしたくないんです、全てを。欲を出さないで、プラスなことがしたい。それでいいんじゃないかなと思っています。



――牧場の仕事のやりがいをお聞きします。

小泉さん:
まず何故やっているかというと、昔からやってるから僕も3代目としてやっているって言ったらそれまでです。でも(酪農の道を選んだことを)後悔していません。東京でも農業はできるっていうのをこの場で立証したい。牛とか豚とか地方の自然で育てた方がいいじゃないですかって良く聞くけど、だったら人間全員田舎に引っ越せばいいんです。人間も牛も同じ哺乳類じゃないですか。暑さ、寒さ。それは人間も牛も同じだと思う。だから東京でも農業、酪農どっちもできると思うんです。それが理由かな。僕は牛の事をこいつらって言わないでしょう。彼女達。だって名前もあるし、人間と一緒で女性ですもん。この子たちを健康で立派に育て上げて、今度は健康な牛乳を搾って皆さんに提供したい。そして今度はそれがやりがいにもつながるし、赤ちゃんを産ませることを通して命を扱っていることを実感できる。もちろん牛乳っていうのはお母さんが命を削ってまでいただいているわけだから十分命を扱っているんですけどね。命に携わっているっていうことが酪農をやっている理由でもあるし、やりがいでもあります。これを通してみなさんと出会えたように、人とのつながりっていうのも大事にしたいです。この仕事をやっているからこそつながりができる。だからこの仕事がすごく好きです。このエリアに来ることで、忘れかけていた純粋さを取り戻してほしいと思っています。



――食の未来はこれからどうなっていったら良いと思いますか?




小泉さん:
料理って基本的に女性が作ったりしますよね。最初に誰かが作ったものを、今度は親子で、次には家族で作ってほしいです。

――料理を通して、家族でふれあってほしいということですか?




小泉さん:
そうですね。子どもたちを巻き込んで、父親を巻き込んで、奥さんと一緒に料理を楽しんだほうが良いですよね。意外と家族サービスしてない人はいますよね。カップルでもいいんじゃないかな(笑)彼氏サービス、彼女サービスっていう感じで。



――ありがとうございました。










【プロフィール】
小泉牧場

牧場主は小泉勝(こいずみ まさる)さん。
酪農教育ファーム認定牧場。総合学習などを通じて食農教育に熱心に取り組む。直売所でミルクアイスを販売。

所在地:東京都練馬区大泉学園町2−1−24




【取材記者のひとこと】 石川 真衣

屈託無く、潔く、でも丁寧に返答してくれる小泉さんは、ユーモアとあたたかみにあふれた方でした。
食の未来を考える。そう聞くと、そのテーマを少し壮大に思ってしまうかもしれません。
一つの答えとして小泉さんが考える食の未来は、「料理を通しての家族のふれあい」でした。
難しく複雑で立派な答えを探していたわたしは、その答えを聞いた時に目から鱗が落ちる思いになりました。そうか、たしかに。
何が食の未来につながっていくのかというと、明日の朝ご飯を家族と大切に食べるとか、そういうものなんですね、きっと。




【メモ】

○国際農業者交流協会:http://www.jaec.org/

○酪農教育ファーム:http://www.dairy.co.jp/edf/

 ○家畜改良センター:http://www.nlbc.go.jp/index.asp

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