農業は生きること。自然のありのままをいただこう――kino café

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山梨県北杜市白洲町にある、kino caféの井波希野さんを訪ねました。2003年に女性ひとりで農業を始めた井波さん。今年(2011年)は無肥料での栽培にも挑戦しているそうです。

スイスの農業が生き方を変えた


――井波さんは短大で園芸生活学科を学ばれてその後スイスに行かれていますが、そのキャリアがどのように農業につながったんでしょうか?


井波さん:
短大時代はランドスケープとか都市設計をやっていて、なんとなく学校に行っとこうかなと思っていました。でも入ってみたら全寮制でね。午後は全部農場みたいなところに行って。月曜日は畑、火曜日は果樹園でとか、花も栽培して切り花とかやっていました。他にも加工食品に取り組んでいて、自分たちが作ったものを漬物にしたり、果物をジャムにしたり。そういうことまで全部行っていました。

――何年間短大に通われたんですか?

井波さん: 2年間です。あっという間だった。 その時は農業に対して全くやる気がなくて、そういう園芸系にも興味を持てなかったんです。役者になろうと思っていて、下北沢で2年間、役者の養成所に入っていました。ちょうど20歳くらいの時です。農業云々は関係なく、海外にはずっと行きたかったんですよ。スイスでなくてもよかったんですけど、あまり日本人がいないところでかつ、ワーホリではないところがよかった。そんな時、ちょうど短大の先輩が国際農業者交流協会という手段でスイスに行っていることを知ったんです。その協会は海外で農業の手伝いをして、働いた分のお給料をもらって現地で生活するシステムだったから、お金が必要ないじゃない。割と安く海外に行けるし、1年間くらいなら農業やってもいいかなという感じで始めました。そしたらスイスの農業がすごく良くて。楽しくて。

――日本と比べてどう良いんでしょうか?


井波さん:
生活がすごくちゃんとしている。日本(の農業)でもちゃんとしている部分はたくさんあるのだろうけれど、朝ちゃんとご飯を食べて、太陽の光を浴びながら仕事して。という感じが新鮮でした。

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行き着いた理想、「いいとこ取り農法」

――肥料は有機肥料ということですが、農法に対してはどのような考えを持たれているのでしょう?

井波さん:
基本的に肥料はあまり使いたくないです。今は地元の農家さんの牛糞を使っているし、あとは鶏糞も入れたりしていますけどね。だいたい8年も農業をやっていると土の感じもなんとなくわかってきます。この畑は痩せてるなとか、この畑はそんなに入れなくていいなとか。そんな風に目分量で考えてきたんですけど、一昨年あたり入れる肥料の量を相当減らしてみたんです。そしたら野菜の収量がかなり減ってきちゃって。やっぱり、という感じです。でもなんとか肥料の量は減らしていきたいなと思って。だからその年は肥料設計をしてくれるプロのコンサルタントの方にお願いして、1枚だけ肥料の量を調節してもらいました。もちろん全部有機で。

――1枚だけなんですか?

井波さん:
そう畑1枚だけ。すごい高いから、9枚全部やれないし、やる必要もない。(コンサルタントの方によれば)ちゃんとした肥料設計に基づいて、適正に肥料を入れたら、野菜の力が強いから勢いで虫とかは来ない。逆にちゃんとした肥料を使わないとよくないらしいです。その話を聞いてから、農法に関して今までのやり方でいいのかなあというところもあって、自分でも迷っています。 だから何枚かいろいろな方法でやってみようと。いま牛糞を使っているものと、設計してもらったものと、あと無肥料のものも今年からはじめて、自然栽培でやっている畑が一枚あります。

――それも野菜ですか?

井波さん:
野菜です。じゃがいもと、トマトと、ピーマン。あと大豆だ。

――無肥料は今年から取り組んでいるんですか?

井波さん:
そう今年から。 感じは悪くないです。ちゃんと栽培してお客さんに売ろう、というよりも実験を目的にやっているのでこれから、という感じもします。ただ、今年やってみて、悪くないから、見極めていってそれが実用化できたらと思っています。無肥料を実施している畑は広いので、半分が無肥料で、もう半分は植物系、菜種油とかだけを入れてそっちでかぼちゃとかを作っています。かぼちゃは良い感じで、肥料は必要ないかな。ただ無肥料でやったじゃがいものところをイノシシに食べられたりして。動物も本能で嗅ぎ分けてくるので難しいですね。

――「実験的にやっている」と言っていたのがすごく印象的だったんですが、ちゃんとお客さんがいて、出す量を確保しなきゃいけない中での両立は難しいですよね。

井波さん:
そうですね。自分の農法が確立できていないのでまだまだこれからですね。けど今まで取ってくれているお客さんもいるのでいきなり変えるのは難しいですよね。 私は全部無肥料っていう風には思っていないです。無肥料に出来る野菜は無肥料でやって、他の必要なものにはちゃんと与えようと思っている。野菜のレベルは落とさないで、バランスよく。無駄を省くと言うかね。

――今、自分の理想とする農法はありますか。

井波さん;
あります。環境になるべく負荷をかけないやり方を進めていきたいです。今、牛の食べている餌が今回特に問題になっていますから、本当は牛糞とか動物系すらも使いたくないです。信頼できる、100%安全だって言い切れないものを使うのが嫌ですよね。 そういう自分の想いと、農業の生産性との両立に関しては本当に難しいです。去年は肥料を減らして収量が3分の1くらいになって痛い目にあったので。全然かぼちゃが育たなくて、「秋の宅配にかぼちゃがないなんてどうしよう!」って感じですごく苦労しました。それに比べて今年は肥料コンサルタントに肥料設計してもらったのでいいものができました。保険として1枚は安定した農法を使って、あとは無肥料で、という風にバランス良くやっていけたらいいと思います。 私は今の自分の農法を「いいとこ取り農法」って呼んでいるんです。いろんな人の、いろんないいなあと思ったところをつまませていただくやり方です。私はあんまりこうじゃなきゃ、っていうものがないんですよ。もちろん昔はあったんだけど、やってくうちに、まあまあやれる範囲でという感じに変わってきました。ただ化学肥料を使わないっていうのは絶対に守っていくのはベースですね。自然のあるがままっていう、悪いことも良いことも含めていただこうと。放射能なんて人間のせいだろーって思うけど、まあしょうがないですよね。あるものでやるしかないですよね。

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おばあちゃんになっても農業をやってたい

――農業をやっていて良かったと思う時はいつですか?


井波さん:
んー毎日です。農業をやることが当たり前ですからね。ありきたりですけど良い野菜が取れたらうれしいと思うし、お客さんから「すごくおいしかった」って言われればもちろんうれしいです。けど何より良いと思うのは、ふと農作業中に山を見たときに、あーなんてきれいな風景だろうとか、すごく自然に助けられているなと思えることですね。お客さんが喜んでくれることもうれしいですけど、私は農業をやれている毎日に生きがいを感じます。農業は生きることですから、毎日感謝して、毎日畑に出ることが当然だと思います。 あと、今回のような震災が起きたときにすぐに動ける仕事に就いていてよかったなということは強く感じます。私は石巻にボランティアに行ったり福島に野菜を届けたりしているけど、農業をやれていてよかったなとすごく思います。昨日も福島の保育園に野菜を支援で送ったりしているし、そういうのができるのも、自分が農業をここでやっているからできることだと思いますね。

――積極的に震災のボランティアをされていますね。

井波さん:
私はボランティア屋さんか!って思うくらい忙しいです。いまは福島にご縁があって野菜を持っていったり、この前も福島から23人バスツアーで北杜に呼んだり。その準備がもう忙しくて。停めてくれる宿泊施設の兼ね合いだったりとかバス会社に連絡したりとか。

――仕事ですねもう。

井波さん:
ほんとですよね。今回はあまりにも痛みが大きすぎてね、子どもたちもどんどん内部被爆しているし、ちょっとでいいから何かしてあげたい。自分にできることはないのかなと思って動いています。 もちろん畑も大事ですが、目の前に苦しんでいる人がいて、自分がその人たちを救えるかもしれないならば、行動するべきだと思っています。親とかにはすごく怒られますけどね。いい加減にしろーって。

――「すぐに動ける仕事でよかった」とはそういうことですよね。東京でサラリーマンしていたらできないですもんね。

井波さん:
今はできる、できないじゃなくて、福島の人と心を寄り添う時だと思います。今回の震災は私たちの生活を変えていこう。っていうメッセージですよね。昔に戻りたいとか、昔みたいな生活を。っていうけれど、福島の人たちもそれにすがりついているんですよね。そんな中で自分たちに今できることは、一生懸命生きて少しでも支援することかなと思います。前向きに。イベントもやりながら。森カフェっていうのを10月2日にやるんですけど、忙しすぎてどうしましょうって思っています。

――最後に、これから取り組んでいきたいことはありますか。

井波さん:
今ある、ずっとこれからおばあちゃんになるまで農業を続けていくにはどうしたらいいかっていうのを模索していきたいです。20代はがつがつしていたしもっとお客さんがほしいと思っていました。けど30歳になって、体力も落ち、自分がずっとやり続けるにはどうしたらいいのかを考えるようになりました。いかに自分に負担をかけないように、持続的に取り組んでいけるか。私は農業だけやっていくタイプではないんですよね。イベントをやったり映画の上映会をしたり、そういうようなことで人とつながっていきたいし、発展したいからバランスをみながら続けていくにはどうしたらいいのかっていうのを考えています。目標はずっと続けていくことですかね。

――ありがとうございました。

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【プロフィール】 kino café(きのかふぇ) 井波 希野(いなみ きの)さん
有機肥料を中心に、今年から無農薬にも挑戦。一般的な野菜から西洋野菜まで幅広く栽培している。農業以外のイベントにも積極的に取り組み、「人のつながり」を大切にする。おばあちゃんになっても続けられる持続的な農業を目標に、日々模索中。
所在地:山梨県北杜市白洲町
ホームページ: http://www.ne.jp/asahi/bio/kinocafe/

【取材記者の一言】山口 悠人
農業だけでなく、東北復興や地元の映画上映会など様々なイベントに関わっていらっしゃる井波さん。取材を通して一番感じたのは、農業に対してはもちろん、生き方そのものにこだわりのある方だという事です。「いいとこ取り農法」という考え方にも、枠にとらわれない姿勢が感じられました。

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